御柱祭が行われている諏訪大社について

御柱祭が行われる諏訪大社は『古事記』や『日本書紀』にもその名が登場し、古来より五穀豊穣を祈る神として信仰されてきた、歴史ある神社です。

1.平安時代から続く諏訪大社最大の神事

諏訪大社で行われる神事、御柱祭は「おんばしらさい」と読み、正式名称は「式年造営御柱大祭」と言います。寅年と申年に行われ、その堂々たる様子とあふれる熱情で、全国的にも有名な諏訪大社最大の神事です。

2.諏訪大社の歴史

長野県にある諏訪大社は、諏訪湖の周りに4つの境内地(上社本宮・上社前宮・下社秋宮・下社春宮)があります。元々は上諏訪神社と下諏訪神社という別々の神社であったのが、明治元年に1つの神社となりました。全国に1万を超える諏訪神社の総本社で、日本最古の神社の1つです。

その起源は約1500年から2000年前と言われていますが、はっきりとは分かっていません。『日本書紀』には「持統天皇が勅使を派遣した」という記載があり、また延長5年にまとめられた神社名や神名を記した帳簿である神名帳には「南方刀美神社」(『延喜式』における諏訪大社の社名)と残されていることから、当時からすでに信濃国で最も格式の高い一之宮として信仰され、たいへん長い歴史を有していることが分かります。

本殿がないのが特徴であり、上社本宮は「諏訪造り」という建築様式で建てられています。上社の御神体は御山、下社は御神木(秋宮は一位の木、そして春宮は杉の木)を御神体として信仰しています。

3.諏訪大社にまつられている神

諏訪大社でまつられている神は、大国主命と沼河媛の子供である建御名方神と、その妻である八坂刀売神です。『古事記』などの文献によると、大国主命へ建御雷神が国譲りを依頼してきたことに反対し、戦いを挑んだものの敗れ、諏訪湖まで敗走した建御名方神が「この地から永久に出ない」と誓うことで許されて留まったのが、諏訪神社の始まりとされています。

建御名方神は軍神や水の神、農耕の神として知られており、武運長久や五穀豊穣などのご利益があります。また、建御名方神と八坂刀売神との間には多くの御子神がいることから、子宝祈願や縁結び、夫婦円満などのご利益があるとされています。

4.御柱祭の他にどのような行事や神事があるか

諏訪大社では、御柱祭含めて年間200以上の祭典が執り行われています。

例えば、4月15日に上社本宮で行われる祭典「御頭祭」は、「大御立座神事」とも言い、農作物の豊作を願って行われるものですが、鹿の頭など鳥獣魚類なども供えられたことから、狩猟に関するお祭りだとも言われます(現在では、鹿の頭のはく製が供えられています)。

8月1日には下社にて、2月1日に春宮に遷座した御神体を再び秋宮に遷座する「お舟祭」が行われます。神幸行列に続いて、翁・媼の人形を乗せた巨大な舟を曳行するというものです。

他にも、1月1日には新年最初の祭典である「歳旦祭」と「御頭御占神事」、1月15日には農作物の出来を占う「筒粥神事」、6月上旬には神事田で田植えを行う「御田植祭り」、8月27日には農作物の豊作祈願と2歳児の厄除けと健康を祈願する「御射山社祭」があります。