北向観音と善光寺の歴史と特徴

北向観音と善光寺は、どちらも長野県を代表する寺院であり、両方に参拝することで、より幸福になるご利益にあずかることができるとされています。

1. 北向観音と善光寺の歴史

・北向観音

北向観音は天長2年に、比叡山延暦寺座主慈覚大師円仁によって開かれました。安和2年に三楽寺や四院、六十坊が増築されましたが、寿永元年の源平争乱の折に、八角三重塔・石造多宝塔以外のすべてを焼失しています。その後、源頼朝の命により、建長4年に塩田陸奥守である北条国時によって再建されました。

北向観音では、「千手千眼観世音菩薩」をご本尊としています。観音菩薩は広く限りない慈悲を持ち、この世に生きるすべてのものに、現世での利益を与えることで苦しみを取り除いてくださる仏様です。厄除けの観音様としても有名であり、不安や悩みを抱えた人に最適なパワースポットだと言えます。

・善光寺

善光寺がいつ頃、誰によって開創されたのかなど、明確に記されている資料は残されていません。ただし、大正13年と昭和27年に川原寺様式を持つ瓦が境内から見つかっており、それは美術史における白鳳時代(7世紀後半から8世紀前半)のものであることから、その頃には建立されていたことが分かってきています。

2. 北向観音と善光寺の特徴

・北向観音

北向観音の特徴に、名前の所以となっている「北を向けて建立されている」という点が挙げられます。

東向きや西向きもありますが、多くの場合、寺院の向きは南向きです。そんな中、北向観音は他にあまり類を見ない北向きとなっています。その理由は明らかにはされていませんが、一説には「天長2年に観音菩薩のお告げがあり、南向きに建立されている本坊の常楽寺を守護するために、北向きに開創された」と言われています。

ご本尊は「一光三尊阿弥陀如来」という、欽明天皇13年に日本へ百済から伝えられた、日本最古のものと言われるたいへん貴重な仏像です。阿弥陀如来は日本中の多くの寺院で本尊としてまつられており、たいへん親しまれている仏様です。「他力本願」の教えでも知られ、現在では「人任せ」として使われる言葉ですが、元々は親鸞聖人が広めた仏教用語であり、阿弥陀如来の力によって、「南無阿弥陀仏」と唱える(または唱えようとする)すべての人々が救われ、極楽浄土へ導くという願いが叶うことを意味しています。

・善光寺

善光寺については、「遠くとも 一度は参れ 善光寺」という言葉が江戸時代から語り継がれるほど人々に親しまれ、年間約700万人が参拝に訪れています。信心のない女性であっても、分け隔てなく阿弥陀如来が慈悲をかけ、極楽浄土へと導いてくれることを説く言葉「牛に引かれて善光寺参り」という霊験譚にも見られるように、善光寺は古くから女性の信仰の対象でもあります。

本堂は元禄13年に火災によって焼失し、現在の本堂は宝永4年に再建されました。昭和28年に国宝に指定されています。高さが約29メートル、間口が約24メートル、奥行きが約54メートルという、東日本で最大級の国宝木造建築です。